NECOLANTIS Ⅳ レディー・ルビーの避けられなかった運命


ルビーは代々続く怪盗一族の末裔として生まれ、「世界一の怪盗の継承者として生きること」こそが宿命と叩き込まれて育ちました。愛や安らぎを夢見ることは許されず、欺き、奪い、逃げることが誇りであり、同時に呪いでもあったのです。

体がまだ小さい頃は、タブレットで犯罪学、法学、歴史・美術史、心理学、建築学・都市工学、数学・物理学、文学・演劇学など、怪盗として身に付けるべき知識を徹底的に叩き込まれました。

成長するにつれ、今度は非情な実技訓練が課されました。身体能力の限界を強引に引き出す苛烈な鍛錬に始まり、極限状況でのサバイバル術、容赦のない格闘術、寸分の誤りも許されない銃火器の操作、そして神経をすり減らす金庫破りの秘技に至るまで、すべてが命懸けの修練です。その過酷さは常猫の想像をはるかに超え、多くの訓練生は命を落とすか、再起不能となって去っていきました。最後まで生き残り、なおかつ冷徹な価値基準のもとで実力を証明した者だけが、ようやく「怪盗」の名を許されるのです。

こうして幾多の過酷な訓練をクリアし、誕生したのがレディー・ルビーでした。彼女が頭角を現し始めた頃、ちょうど父親が組織の頂点――冷酷無比なリーダーの座に就いたこともあり、その存在は一層の注目を浴びました。父は実の娘に対しても一切の情を見せず、容赦なく危険極まりない任務を課しました。しかし彼女は、生まれながらの才覚と研ぎ澄まされた盗みの技を武器に、それらをことごとく完遂してみせました。こうして彼女は冷徹な組織の中で次第に畏怖と尊敬を同時に集める存在となり、やがて揺るぎない地位を築き上げていったのです。

その一方で、彼女の心には徐々に疑念が芽生えました。組織から課される危険なミッションをこなすためには、時に罪のない者の命をも犠牲にしなければならない——本当にこれが正しい道なのだろうか、と。さらに、もしも平凡な家庭に生まれ、普通の少女として穏やかに育っていたなら、別の生き方もあったのではないか。そうした葛藤の中で、彼女は次第に、自分の人生を選ぶ自由と、組織に縛られた運命との間で揺れ動くようになったのです。

そんな時、彼女が日本で出会ったのがリオでした。最初は、日本のどこかに隠された財宝を手に入れるため、利用するつもりで近づいただけにすぎません。しかし、ともに謎解きの旅を続けるうちに、彼女の心には次第に別の感情が芽生え、それを抑えきれなくなっていきます。「もし組織のしがらみから解き放たれ、彼と共に別の道を歩むことができたなら……」ルビーは、組織の重要なメンバーとして背負うべき責務と、リオと共に歩めるかもしれない未来との狭間で、激しく葛藤するのでした。

しかし、ルビーは最終的に、自らに課された運命を選びます。もし組織を抜け、リオと共に生きる道を選んだなら、組織がそれを許すはずはありません。裏切り者となった自分はもちろん、そのきっかけを与えたリオにまで、組織の手は容赦なく及ぶでしょう。――「自分の幸せのために、彼の命を危険にさらすわけにはいかない。」そう心に刻み、彼女は苦渋の決断を下すのでした。

銀山温泉から道後温泉へと旅立つ日の明け方、ルビーはリオと幸せなひとときを過ごした宿のベンチにひとり腰を下ろしていました。その木肌に、彼への思いをそっと刻みつけると、静かに立ち上がります。――これからも「怪盗」としての道を貫いていく。そう心に誓い、彼女は新たな一歩を踏み出すのでした。

リオたちの活躍によって、ついに宝が発見されたその瞬間――。ルビーは引き金を引き、リオを背後から撃ちました。決して致命傷とはならないよう、あえて右の肩口を狙って……。このあとルビーは、自らが従えるサイボーグ猫を呼び寄せ、圧倒的な力の差を見せつけることで、リオとその仲間たちを退ける――そんなシナリオを描いていたのです。

しかし、その綿密に描かれたシナリオは、温泉の神――少彦名命(すくなひこなのみこと)の降臨によって打ち砕かれます。神は宝をルビーの手に渡さぬよう、轟音とともに瓦礫を降り注がせ、洞窟を容赦なく埋め尽くしていきました。仲間たちの献身的な支えと、自らの持つ治癒力によって立ち上がったリオ。その眼差しは、彼を裏切ったはずのルビーへと真っ直ぐに向けられます。――「一緒に逃げよう!」瓦礫の舞う闇の中、リオはためらいもなく彼女へ手を差し伸べたのでした。

巨石が降り注ぐ混沌の中、ルビーの胸には二つの想いが激しく去来していました。ひとつは、これまで欲しいものをすべて奪い取ってきた自分が、最後まで神の力すら恐れず抗うという「怪盗」としての誇り。そしてもうひとつは、この終焉の只中でこそ、自らの不幸な運命に幕を下ろすことが、最もふさわしい結末なのだという冷然たる悟りでした。ルビーは静かに、しかし確固として覚悟を定めます――怪盗としての誇りを抱き続けること。愛する者を組織の手から守ること。そして、呪われた宿命からついに解き放たれること。それはすなわち、自ら「死」を選ぶことに他ならなかったのです。

こうして、リオとルビーの物語はひとつの終止符を打ちました。仲間たちが先に日本を後にしたのち、リオはただひとり、彼女と歩んだ旅路を胸に抱きながら銀山温泉へと戻ります。そして宿の片隅に佇むベンチに、彼女が残した文字を見つけたのです。そこに刻まれていたのは、誰にも見せることのなかったルビーの本当の想い。その瞬間、リオの胸には深い悲しみと切なさが押し寄せました。しかし同時に、彼は悟ります――彼女の生き方もまた誇りに満ちたものだったのだと。涙を静かに拭い去り、リオは王としての顔を取り戻します。海底王国ネコランティスの王として再び揺るぎない威厳を取り戻すために。そして一人、静かに帰途につくのでした。  END

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